無闇に商圏を広げるべからず

工務店経営において、成功の形は千差万別です。しかし、「失敗の共通点」は驚くほど似通っています。 私がこれまでの経験の中で、そして数多の工務店を見てきた中で確信している、「経営者が踏んではいけない地雷」について、自戒を込めて語っていきたいと思います。

今回のテーマは、多くの経営者が陥りがちな罠、「商圏の拡大」についてです。

目次

工務店は、究極の「地域ビジネス」である

経営が軌道に乗り始めると、社長は必ずこう思い始めます。「今のエリアでは頭打ちだ。もっと広いエリアへ打って出よう」と。 しかし、はっきり言います。それは間違いです。

工務店とは、地面に根を張る「地域ビジネス」です。地域にいかに深く根付くかが全ての勝負を決めるビジネスモデルなのです。

商圏を安易に広げると何が起きるか。まず、シンプルに「移動時間」が増えます。現場への移動、営業の往訪、アフターメンテナンス。これらにかかる時間は、何も利益を生まない「コスト」です。 さらに、エリアを広げれば広告費は面積に比例して膨れ上がります。広いエリアに薄く広く広告を撒いても、大手ハウスメーカーの圧倒的な知名度には敵いません。

逆に、商圏をぎゅっと絞ればどうなるか。 現場の移動効率は劇的に良くなり、少ない広告費で地域の認知度を高めることができます。「あの現場も、この現場も、あそこの工務店だね」となれば、最強の集客ツールである「紹介」や「口コミ」が自然発生します。

【実録】人口3万5千人の町で、私が犯した過ち

偉そうなことを言っていますが、これは私自身の「痛い失敗談」に基づいています。

かつて私が工務店を経営していた頃、人口わずか3万5千人ほどの小さな地域を商圏にしていました。 徹底した地域密着戦略で、その小さな商圏だけで年間40棟近くを受注していました。単純計算でも、そのエリア内でのシェア率は異常なほど高かった。地元では「家を建てるならウチ」という認知が確立されていたのです。

しかし、当時の私は若く、野心がありました。「こんな小さな町にいては、これ以上伸びない。100棟を目指すにはパイが足りない」と思い込んでしまったのです。

そこで私は、あろうことか拠点を大都市・福岡市の中心部に移し、商圏を一気に拡大しました。 「これで市場規模は何十倍だ。100棟なんてすぐにいく」そう思っていました。

結果は、惨憺たるものでした。 広い海に出たことで、莫大な広告費と販管費がかかるようになりました。移動時間は増え、社員は疲弊し、利益率は低下。 そして何より痛かったのは、「留守にした地元のシェア」を奪われたことです。

あとになって計算して分かったことですが、もしあのまま福岡に出ず、地元のシェアを維持・深掘りしていれば、経費を抑えた高収益体質のまま、その地域だけで100棟を達成することは十分に可能だったのです。 「シェア90%」近くを狙えるほどの盤石な地盤を自ら捨てて、レッドオーシャンに飛び込んでしまった。

「今の商圏でシェアを取り切れていないのに、外に出れば売れる」というのは、経営者の甘い幻想に過ぎません。

「広さ」ではなく「密度」を追え

ランチェスター戦略をご存知の方も多いでしょう。 地域一番店を目指すなら、まずはシェア26%(強者の条件)を確保し、最終的には40%以上の「安全圏」を目指すべきです。

特定のエリアで圧倒的なシェアを持つと、戦い方は劇的に楽になります。 大手のハウスメーカーであっても、特定の「町」単位で見れば、知名度が100%ということはありません。しかし、地場の工務店なら、その町の中でだけは「大手以上の知名度(シェア)」を持つことができる。これがランチェスターの強みです。

ただし、狭いエリアで高シェアを取るためには、一つ条件があります。 それは「商品バリエーション(価格帯)の拡充」です。

エリアを絞るということは、そのエリアにいる「すべてのお客様」を対象にする必要があります。 「うちは自然素材の高級住宅しかやりません」という一本足打法では、狭い商圏のニーズを取りこぼします。 大手ハウスメーカーが来ようが、ローコストメーカーが来ようが、地元の設計事務所が競合だろうが、どんな相手とも戦える「商品構成」と「価格帯」を揃えておくこと。 これが、エリアを絞って勝つための必須条件です。

商圏を広げる前に、足元を見てください。 あなたの会社の隣の家に、まだあなたの会社を知らない人が住んでいませんか? そこが、あなたの攻めるべき市場です。

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